「自分=世界」 全ては一つのもの
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255 :もぎりの名無しさん:2011/01/15(土) 21:51:59 ID:q1RQB5MM0

参考になればと思い書きます。
チケット板なので、なるべくチケットに則して書きます。

叶ったり叶わなかったり、という人はチケットで言うと3~6章を辿ってるのだと思います。
108さんの質疑応答も3~6章だと個人的には理解しました。
だから安心してください。それは言うならばエゴからの試みで、どんどん加速すると思います。

愛と言われてもなんのこっちゃ、て人もいると思いますが、それが存在のすべてです。
物質も生命も同じようなもんです。でもこういうことは鵜呑みにして足枷にしないでください。
あなたの実践と実感だけがすべてですから。
そのプロセスが3~6章だと思います。

さきほども書きましたが、3~6章は僕の見解ですが「エゴからの試み」です。
少なくとも自分はそうだったと思います。自分との対話でも何でもいいです。

セドナ・リリーステクニックやオポノポノ等のクレンジングもそうです。
レスター博士の物語を読んだ方はご存知だと思いますが、彼は最初すべてを愛に還すところから
はじめました。そして愛情でもどうしようもなくなった時に彼が行ったのがリリースです。

知識は情報の海です。あらゆる情報があります。
けれど人により伝えられた情報は、やはり程度はあれ歪曲や迂回を余儀なくされます。
だから鵜呑みにしないでください。この僕の書き込みもそうです。あくまで参考にしてください。
それがあなたの3~6章ですから。

最後には全部同じことを言っていて、各々の知識がそういう見解になった理由がわかると思います。

クレンジングだけでそれが済む方もいると思います。447さんやレスター博士がそうでしょう。
セドナは良くできていると思います。効果を感じている方は是非続けてください。

「愛があるゆえに痛みが伴う」という一節があります。
それは何故かというと、愛情であって愛とは少し違うからです。
それはエゴからの試みなんです。

本当に愛するってことは「存在することをただ認める、許す」ということです。
もうなにもしないということです。


「それでもいいよ」ってことです。感情も存在です。エゴも存在です。
「勝手にしやがれ」ってことです。全部オーケーだよ、と。

これがリリースです。そして7章です。さっき読み直して分かりました。
意味が分からない方もいらっしゃるかもしれません。

あらゆるものを握り締め、塞き止めていたのは自分だった、ということに気付くと思います。
何も関係ないんです。愛に限界はないですから。
自由になります。何も関係ないんですから。

自分がどう考えどう感じどう行動しようが、何も関係ないんです。
すべて許されてるんです。自分で決めていいんです。

存在しているだけでいいんです。
存在しているだけでもう何も心配することはないんです。
あなたの存在は愛そのものだからです。すべての存在は等価です。
全部同じもんでできてるんですから。


エゴの試みの内は、うまくいったりいかなかったりです。
繰り返していくうちに何か常にぶつかってるけど気付かなかった
最後の障壁のようなもんが見えてくると思います。

別に壊さなくてもいいんです。見えてきたら勝手に消えますから。
その瞬間に今まで見てきたドラマから降りると思います。真実のほうが遥かに壮大ですから。

まあこれも解釈にすぎませんから、別にそんな風に感じなくても何も問題はないです。
解脱も悟りも印象に過ぎません。ただ認識があるだけです。

エゴも映像であり、愛の一部です。エゴはあなたの表現ですから。
存在を認めたら、ふるまいもあなたが決めてあげればいいんです。
所詮、外部(だと思っているもの)に対する反応の総体なので。
何も独立しているものはありません。

7章はあまりにも近すぎて最初は気付かないのです。でもすぐそこにあります。
長々と失礼しました。それでは。

256 :もぎりの名無しさん:2011/01/15(土) 22:07:30 ID:nJtWLxFE0

255さん、あなたはもしや桑田さんですか?


261 :もぎりの名無しさん:2011/01/16(日) 02:41:43 ID:q1RQB5MM0

>>256
違います。桑田さんのほうが分かりやすいと思います。
ごちゃごちゃ言ってすみません。

「不足を感じるでござるの巻」は語調も含め見方がまさに!という感じです。
愛という言葉をたくさん使いましたが、クソ真面目なものではございません。
おそらく文面から感じるであろう重々しさに対して、本質はすごく気楽で軽やかなものです。
わーいわーいって感じです。


ひとつアドバイスさせてもらいますと、世界=自分が納得できない方は、言葉にこだわらず、
すべては私の認識である、ぐらいでいいと思います。
これだとすんなり入ってくるのでは?アバウトでいいと思います。

私の認識であるということがまずあり、そして認識している私を認識するということがあります。
じゃあその主体ってなに?って話になりますが、桑田さんの言葉を借りますと、
それが映写機であるあなたです。すなわち世界であり、全認識です。

世界=自分ってそのまま考えると、どうしても世界=エゴになってしまうんです。

もちろんエゴは世界ではありませんから、「それはちがう!」って極めて正常な反応を返しますよ。
エゴはそのままでいいんです。

あまり深く考えずに、認識すればオーケーです。そこで終わりです。

263 :もぎりの名無しさん:2011/01/16(日) 04:32:29 ID:q1RQB5MM0

おせっかいながらヒントになればともうひとつだけ。
ご存知の方も多いと思いますが、宮澤賢治の詩にこういうものがあります。

[わたくしという現象は 仮定された有機交流電灯のひとつの青い照明です]


思考する自分から現象にアプローチするということは、
結果である現象の中で、「わたくし」という現象でもってアプローチすることです。
どう感じどう考えどうしようが現象内でわいわいしてるということです。

「わたくし」は現象ですから、それでいいんです。というよりそれしかできないです。
どうもしなくていいんですよ。現象なので。

認識できる現象の「わたくし」は仮定されたものです。そしてそれがエゴです。
それを認識しているあなたは一体何ですか、ということです。
ありきたりで基本的なことですが、灯台下暗しです。
考えずに感じてみてください。以上です。

失礼します。

270 :もぎりの名無しさん:2011/01/16(日) 23:27:55 ID:VxvTR1Jw0

>>261さん。
その主体、映写機の立場にいる事を感じる事ってのは出来るものなんでしょうか?
もしそれが可ならば、どうすれば感じる事が出来るのでしょう?

映写機である自分の感じ、認識、映写機である自分は外を日々をどう見聞きしてるのか。
261さんの体験、言葉で是非聞かせてほしい。


274 :もぎりの名無しさん:2011/01/17(月) 01:47:41 ID:q1RQB5MM0

>>270
出来るというか、もう出来てるんですよ。絶えずそうしてるんです。
存在しているということだけで条件はもう全部揃ってるんです。
ただ認めればいいんです。気付けばいいのです。

って言われても困るんですよね笑…僕もそうでした。でも本当にそういうことなんです。
結局のところ「エゴが納得できるだけの材料がほしい」ってことなんです。
そこをまず認めてみてください。

揺さぶられる方もいるかもしれませんが、あくまで鵜呑みにせず参考にしてください。
「そんなこともあるかもね」ぐらいで結構です。ぼくの印象にすぎませんから。

皆さんが混乱し、つまづきやすい原因は恐らく「リアリティーがない」ということに尽きると思います。
いくら意図しても叶わない、執着してても叶うときあるし手放してても叶わないときがある、
こんなのおかしいじゃないか、結局全部うそなんじゃないか、ってことです。
証拠になる事実がないじゃないか、ってことです。

そのとおり、全部主観ですから、あなたの中にしか事実はありません。それ以外何も関係ないんです。
あなたにとって事実でないということは、リアリティーを欠いているということです。

情報や知識は、あなたがリアリティーを感じない限り事実ではありません。
リアリティーを感じるということは、思い込むことではないんです。
恣意的なものなしに、ただ実感するということです。認めざるをえない、ということです。
これが主観であり事実なんです。それは印象も何もかも人によって様々です。

でも真実はひとつしかないのです。
限定されたリアリティーの内では、何も見えないんです。

セドナやオポノポノが非常に効果的なのは、感情を愛に還したり、
リリースして荷を降ろすことができる、という実感を伴いやすいからです。
それは紛れも無い実感ですから、事実であり、リアリティーがあるんです。

重要なのは理論的に正しいとか正しくないではなく、あなたが確かにそう感じたという事実です。
あなたの決意でそうできたという経験です。

決意でそうしたことがあなたにとって事実である、ということです。

あなたがあなた自身の手によって幸せになれた、という事実です。
これだけなんです。理由なんてどうでもいいんです。あとから分かりますから。

だからあなたが決めるんです。実際にこの瞬間も絶えず決めてるんです。
どういう現実を受け入れたらいいかということを絶えず決めているにすぎないんです。
ほんとうにそれだけなんです。それに従って現象が完璧に調和してるにすぎないんです。

あなたは絶えず映写機であり、全ては完璧に表現され存在してるんです。

このカラクリに気付くんです。
徐々にリアリティーを回復しつつ、ある程度のところで「真実を見よう」と決意したらいいんです。


あなたが許すなら、本当は一瞬でも可能なんです。

今の僕だとそんな感じのことしか言えませんが、まだ先はあると思います。
言葉にすると細かくなるんですが、本来はもっと大雑把な印象というか、大観のようなものです。
個人的にはまだ片鱗に過ぎないと感じてます。

正直に言うとすべてが繋がったのはつい先日で、まだショックを引きずってる感じです。
慣れてないんです。僕の場合はゆるやかに繋がっていきました。
そして気付いたら全部繋がっていました。そして認識しました。それでも戸惑いがあります。
だからこうして書き込んでいるのだと思います。自由に慣れてないんです。

日常はすべて美しいです。
もっと厳密に言うなら、すべてに対して美しいという属性を見ることができる、かもしれません。
それも何の抵抗もなくです。愛しかないですから。

同じことでしょうけど、ここ非常に大切な気がします。
こんなことでしか言えません。是非直接経験してみてください。簡単です。

今は「さあこれからどうしようか…」という感じです。
喜びのさらに先へ行くか、好きなことをひたすらやるか。
ここからが一番大事だと思うんです。

以上です。

108式成功体験談・その2
 
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[2011/07/27 01:23] | Category * その他質疑応答集

 

 
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