「自分=世界」 全ては一つのもの
http://geminikanon.blog.fc2.com/
Sponsored Link
347 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/21(日) 02:42:17 mlhbgNm20

 意図 顕在意識で一切の現象経験の放棄を意図。
 意識 すると「在る」意識状態となる。
 感情 それにより本来の無条件充足状態となる。
 現象 そして充足が現象化される。

 意図 顕在意識で現象を意図する。
 意識 すると「在る」意識状態では無くなる。
 感情 それにより本来の無条件充足状態では無くなる。
 現象 そして不足が現象化される。

 人間は現象により充足するのでは無い。
 在る意識状態が充足の感情を起こし、それが充足の現象を起こすのである。
 感情と現象は目的では無く、あくまで意識状態の結果でしかない。
 充足感情と充足現象を目的とし、感情と現象を意図すれば在る意識状態では無くなる。
 結果、不足感情と不足現象を経験することになる。
 捨てれば得る。求めれば失う。
 捨てて満たされるか。求めて苦しむか。選択は二者択一。

 今までの人生経験と、画家さん、55さんの見解を踏まえて、分析してみた。
 二人の見解を聞かせて欲しい。


357 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/21(日) 03:07:16 ID:9HeHyl4g0

>>347
真理のように見えますが、何故か響いてこない。
正直絵に描いた餅に見えます。
そもそも

>捨てて満たされるか。求めて苦しむか。選択は二者択一。

だから捨てよう、そうすれば満たされる、では相変わらず不足を支えてしまうパラドクスを見ます。
これはこうだ、あれはああだ、だからこうで、こうなる、だからこうだ、が息苦しい。
もっと単純化すると変わるかも。

365 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/21(日) 03:34:56 mlhbgNm20

 意図 顕在意識で一切の現象経験の放棄を意図。
 意識 すると「在る」意識状態となる。
 感情 それにより本来の無条件充足状態となる。
 現象 そして充足が現象化される。

 結論から言うと、これはもう経験済みだから、この原理に対しては割りと信頼がある。
 聞きたかったのは、この一歩先。
 在る意識状態からの充足感。充足感から起こる充足の現象化を経験した。
 顕在意識で何も意図せずとも、神が勝手に喜びを感じられる現象を持って来てくれる。
 そうなった時、自我意識が完全に用済みになってしまった。
 用済みとなった自我意識が最後の抵抗をしているのかと感じる。

 神が見せて来る、この喜びを感じる現象に、何の意味があるのか?と問うて来るようになった。
 何でも与えてくれる過保護な親に、何でもしてもらえるから、
 「自分でやりたいんだ!!=現象を意図したいんだ」と主張して来るようになった。
 しかしその結果は

 意図 顕在意識で現象を意図する。
 意識 現象に翻弄される意識状態となる。
 感情 些細な現象に苦しみを感じる。
 現象 そして不足が現象化される。

 という結果となった。

 現象放棄→充足感情→充足現象→現象意図→不足感情→不足感情→現象放棄→・・・

 を延々と繰り返して来た。

 顕在意識で現象を意図・管理しつつ、充足を継続することがどうしても出来ない。
 そこで捨てて満たされるか。求めて苦しむか。選択は二者択一。という認識となった。
 
 >だから捨てよう、そうすれば満たされる。

 ここで言う放棄の意図は「だから」が入らな位捨て切ってしまっている。
 そして充足と、充足の自動現象化を知ってしまった。
 顕在意識で、この違和感を捉え切れないのだけれど、
 完全放棄状態で物事がうまく行くことが、
 何事も自分の手中におさめて管理したがる自我意識が、抵抗しているのか?と感じる。


369 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/21(日) 03:46:34 ID:9HeHyl4g0

>>365
>意図 顕在意識で一切の現象経験の放棄を意図。

ここをもっと詳しく教えてください。

377 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/21(日) 04:11:00 mlhbgNm20

 本気で自殺を実行しようかと思う程に絶望する。
 精魂尽き果てて、何も意図する気にならない。
 もうどうにでもなれ・・・という意識状態になる。

 これを何度か経験している内に、捨て切っている状態が、感覚的に解るようになった。
 そしてこの捨て切っている状態を、幾らか意図して作れるようになった。
 その後は必ず元気になる。思考で何かを否定することを辞めたからだと思われる。

 放棄状態→元気ハツラツ(充足感情)→やたらと行動的になる。
 →結果、顕在意識で意図しないあらゆる所から、
 「楽しい!!凄い!!幸せだ!!」と感じさせてくれる現象を経験することになる。

 ここまで来ると、一時沈静化していた自我意識が、また吹き返して来る。
 そして「俺にやらせくれっ!!」とばかりに、またあれこれと現象に付いて分析し始め、
 それにより否定が入り、気分が悪くなり、現象化が止まる。といった具合です。

 現象放棄→充足感情→充足現象。
 まだ完全では無いにしろ、ここまでを顕在意識の意図で動かせるようになった。
 ここで止められたらいいかと思うのですが、
 必ずこの後に現象意図(現象の意味は?この経験の意義は?とかあれこれ疑問を起こし始める)
 →不足感情→不足現象をやらかします。
 
 ここはまだ意図し切れません。
 気分を落としながら「あー、またエゴが働き始めたな・・・」とか思ってます。
 この後疲労困憊し、ある程度自我が沈静化して来た所で、
 顕在意識で「もう全て捨てるぞ」と意図を働かせます。
 すると、また充足自動現象化状態に入ります。

 人間にはバイオリズムがあると言いますが、これはもう仕方が無いことでしょうか。


379 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/21(日) 04:18:03 ID:9HeHyl4g0

>>377
ああ、面白い!
一種の苦行系覚醒の後、またエゴが台頭する、ってことですね。
エゴとの共同歩調って出来ませんか?

しかしあなたの体験は非常に面白いです。
グレートです。

問題は明け渡しの条件です。
クタクタになるほど気分を落とすことがエゴ沈静に使われている。
これって結構キツイですねぇ。。

382 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/21(日) 04:32:48 ID:9HeHyl4g0

>>377
因みに私はとてもあなたのようなダイナミックな現象化は出来ません。
ただ同じように追い詰められて(追い詰めて?)100%降参状態になったとき、
いろいろ面白い現実が展開したことはあります。
しかしこの状態を繰り返すって気分悪いんですよねw
それよりは淡々と心地よく生きてゆきたい。
穏やかに心地よく生きてゆきたいと願うのです(ぽっぽ風に)

エイブラハムが量子的飛躍はリバウンドを起こしがちである、なんて言っておりましたね。

383 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/21(日) 04:38:30 mlhbgNm20

>エゴとの共同歩調って出来ませんか?

エゴが元気な時でも、エゴがしのごの言わないってことですよね。

安全欲求 
何度も自殺を考えている内に、生存出来ないぞ!という声が一切起こらなくなった。
本気で死んでもいい。出来れば終わりにしたいと思っているから。
エゴが元気な時でも出て来ない。

承認欲求 
ずっと人から否定されて育った為に、批判されるぞ!という声が一切起こらなくなった。
どう評価されようが、在り方を変えずにいようと思うに至った。
エゴが元気な時でも出て来ない。

管理欲求 
ここが中々消えません。
無思考で全てを委ねていれば、充足自動現象化が起こると知っているのに、
思考で意図・管理・所有し、そこに存在価値を感じたがる衝動のようなもの、
これが中々消えてくれません。まだ所有という幻想から完全に解放されていないのでしょう。
やたらと現象の意味を問うて来ます。

万人に対して言える、現象(人生)の意味・役割とは何か。

 繁栄 現代社会の一般的思想。生存と物理的繁栄。これを意味だと認識して多くの人が苦しんでいる。
 創造 エイブラハムは喜びの創造とか言っているが、喜びを創造出来なかった人の人生は失敗なのか。
 形化 森羅万象は神が形状化したもの。それ以上でもそれ以下でも無い。そこに意味など無い。
 遊戯 一生病苦や貧困に苦しんだ人も、そういう遊びをしていたということか。
 成長 何をもって成長とするのか。
 堪能 喜びであれ、苦しみであれ、現象界でし味わえない現象を経験し、堪能すること自体が目的。
 解脱 現象に意味があるのでは無く、煩悩が消えない為に、仕方なしに生まれて来てしまったのだ。

 色々本を読んで情報を入れるのですが、どうもしっくり来ません。
 意味なんて誰にも解らんよ・・・と返すのですが、
 今生は失敗だ、という信念が潜在意識にあるのかもしれません。
 「今経験している現象に、納得し得る意味を与えてくれっ!!」
 というような衝動が消えません。

 現象の意味は? 知らん!

 と思えるようになれば、エゴは台頭しなくなるかもしれません。
 もしくは、また違う何かに執着するかもしれませんが。


467 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/21(日) 22:18:46 ID:9HeHyl4g0

>>383
>管理欲求 ここが中々消えません。

エゴは邪魔をする、みたいなフォームでは邪魔をするでしょう。
出来れば統合する方向で考えてみてください。

エゴは単なる錯覚でありそれ自体存在しては居ないのにも関わらず、
それを邪魔者にすると更に錯覚を強めます。

>まだ所有という幻想から完全に解放されていないのでしょう。

所有を受け入れたとき、それら現象化は阻害されますでしょうか?

>色々本を読んで情報を入れるのですが、どうもしっくり来ません。

情報は100%自分とマッチすることはありませんからねぇ。
ここで認識したいことは如何なる実しやかな情報であっても、
それを見たときどう感じるか、私はそれを指針にします。

私も色んな情報によって探求してまいりましたが、ある時、鏡を突きつけたれた感じがあったのです。
何が嘘で何が真か、それは刻々示されていた。
私は夢や希望をもてない時代が長く続きました。
それらが苦痛を齎すのだ、という論理です。
それは一種の狂気でした。
それを見破ったのは全く単純なことでした。

私の気分です。
単純に気分です。
気分は常に嘘を見破っています。
そう極めて単純に感じ、それを信頼できるようになったのでした。
如何に高邁な(と言われる)発想でも、真理?でも、私の気分を不快にするものは違うのです。
答えは本になく、言葉になく、お経にもなく、ここにあったのでした。

そうですね、更に情報をって感じになりますが、私が比較的しっくり来る世界観は
ACIM本体、raj、108が解く、不都合なことは何も起こってはいない、
実は実相の世界しか存在しない、という発想です。

これは実はエイブラハムとも齟齬しないものです。
ただしエイブラハムは非常に賢明で、私たちが解る範囲内で説明しているようですが、
仔細に読むと全く同じことを書いています。
rajはこのサイトを参照してください。
http://www.acim.jp/contents.html

また巨視的な視野に立つと、バシャールはじめチャネルされたエンティティさえ齟齬しません。
末節枝葉に着眼するとそれぞれ差異がありますがねw

ACIM、108は魂の成長はない、と解いているようです。
エイブラハムは成長を受容する。

私は本質論的には成長はない、と見ます。
しかしその存在の延長、最前線的な位相からみれば、成長を受容してもいい。
頭を4分割するといいです。2分割では間に合いません。

今生は失敗、と言う信念の観察はあなたの勇気を感じます。
しかし私は認めません(;´∀`)
あなたがいくら失敗を解こうが、いくらリストを挙げようが、認めません(キリッ

それはあなたの書き込みを見れば解ることだし、仮令、
成功が、喜びが、何一つ見えなかったとしても失敗ではない。

今後も私たちが個々にしっくり来る世界観を、その探求をシェアしていきましょう。
この場でそんな楽しいことが出来ることを私は感謝します。

203 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/20(土) 01:03:05 EOBnvuys0

不快感を感じる場合、二つありますよね?

1)あきらかに思考を原因に不快感を感じる場合。
2)行為を原因に不快感を生じていると考えられる場合。

1)思考を原因に不快感を感じる場合は、その思考自体がエゴからもたらされたものであり、
錯誤といえ、リリース等をすればよい。これは分かる。

2)問題となるのは、こっちのケースだと思われる。
ア)不快感は、今やってることが間違いだよとのサインだから、行動を変えるべきという意見。
イ)不快感は、とにかく錯誤だから、感じきっていまえばよい。行動に正解不正解もない。

1)と2)のケースがごっちゃになって議論されているから、混乱の原因になると思われる。
また、厳密にいって、1)と2)は区別できないのではないかとも感じる。

画家さんには、この点について、ぜひ意見して欲しい。
具体的には、不快感により、行動を変えることについてってことになるだろうか。
感情ナビが教えてくれるのだから、行動を変えるべきなのだろうか。
不快感は錯誤だから、とにかくリリースすればよいのだろうか。

よろしくお願いします。


504 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/22(月) 03:11:04 ID:9HeHyl4g0

>>203
お話の方向が違うかもですがちょっとまとめてみました。
頭の整理になれば幸いです。

【感情ナビとクレンジング(或いは否定的感情を感じ、0化統合する)との整合性】

先ず、感情は基本的に二方向、肯定的感情と否定的感情である。
肯定的感情はそのフォーム(思考の焦点)が実在に向いている。
否定的感情はそのフォームが本来ありえない方向(虚構)に向いている。
肯定的感情ならそのまま展開することを推奨し、
否定的感情なら焦点が真実からズレているから思考フォームの修正を推奨している。
これが感情ナビである。

感情ナビを使い、思考を転換させる。

ex:金がなくて困る(幻想としての不足を思考し、否定的感情を惹起する)
            ↓
  金があったら嬉しく感じる(実相としての充足を思考し、肯定的感情を惹起する)

これがエイブラハムの推奨する「橋を架ける」(赤本P97)「転換のプロセス」(金本P114)である。

※人類には金があったら嬉しい、という思考が金に困る苦しみを齎す、という逆転の観念の存在を洞察する。
故に苦しみを消すために金への夢を捨てようとする→全ての欲求を捨てようとする→存在自体を消し去りたい
という超ドM思考が生まれる。これは一種の錯覚(狂気)であり私は「虚偽の逆転プロセス」と呼んでいる。

【辻褄を通さないアプローチ】
108メソッドは「我々は辻褄に縛られている」という洞察から敢えて辻褄を飛び越えるメソッドを提供する。
エゴは辻褄に依拠するが、その活性化をスルーするのである。

【ブロック】
次に私たちはこの感情そのものを否定する場合がある。
肯定的感情は受け入れるが、否定的感情は見たくないと反応する。
(これは大規模な勘違い、錯覚である)

人間は普段、自然に思考を使って否定的感情をずらしている。
しかし時にこれをブロックしてしまう。
ブロックは否定、拒否である。(ブロック、即ち「壁」である)
これで否定的感情が湧く焦点が存続、活性化し現実化する可能性を帯びる。

ここでクレンジングと言う考え方が出てくる。
否定的感情を見たくない(不快な感情からの逃避)という思いから現実逃避が起こる。
例えば誰かに会いたくないというのはそれが引き金になって不快な感情を惹き起こすからである。
何かをやっていれば無視できる、と言った依存症さえ然りだ。

対象は勿論、人だけではない。
過去の出来事やモノ、未来予測にも存在する。
壁を作らない、或いは壁を崩す、と言う考え方は感情を感情として感じ、
感情的な禁忌を0化する方法とも言える。
嫌な感情を感じればそれは消える。錯覚の錯覚たる所以である。
しかし嫌な感情を感じ続けようというのでは方向が全く違う。

「パリの下水にスポットライトを当てる」(アメージング・パワーP363)
「魔法都市にできた穴」(金本P177)
55氏の「道端に落ちたウンコ探し」よろしく、全くさかさまなフォームになってしまう。

【ブロック探知と方向としてのナビ情報について】
否定的な感情を遮ろう、否定しようとすることがブロックを作る。
ナビによる方向誤認に眼を瞑る、これがブロックである。
様々なブロックを作り、その存在の可能性を狭める。
これには違和感(不快感)が伴う。

感情ナビはこの一連のフォームを「方向錯誤」と知らせ続ける。
ブロックにより存在が閉鎖させたときは「無気力感」として知らされる。
つまり無気力には少なからず感情のブロックがあり、ある種の感情を禁忌することが無気力の原因である。

【<エゴ>を用いた解釈】

エゴが発生しているとき、感情は否定的になる。
ナビとしては「方向錯誤」である。
それを変えず、感情自体を否定し、遮ってしまうのがブロック作りである。
感情ナビは感情を否定することではなく思考の調整である。

definition
emotion[1,0] 1:real(positive side) 0:unreal(negative side)
1→1
0→[0(1)]=0
0r→[r+0(1)]-r=0 (nullify) r:resistance

507 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/22(月) 03:18:07 Fw21FJDw0

画家さん、おやすみなさい。


508 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/22(月) 03:19:30 ID:9HeHyl4g0

>>507
おやすみなさい♪
いい夢を☆

上海雑伎団スレ【第十六幕】
 
                 Sponsored Link


[2016/10/08 03:34] | Category * 画家式

 

 
Copyright © 2017 ザ・チケット板☆備忘録, all rights reserved.