「自分=世界」 全ては一つのもの
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604 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/29(月) 15:24:31 iecWgKv.0

画家さん
自分も>>549さんみたいに

>どうやって許してるのかさっぱりわからんのです。
>許せる範囲で動いている感覚なんですよ。境界線もわからない。

という感じで許すってのがいまいちわかりません
例えば、今すんげーかわいいヌコを飼ってるんですがそれは自分に
許したから飼えただよといわれても許可した覚えがないのでよくわからんのです
許可しないとダメ?結局条件なのか?と思ってしまう

チケットから引用するなら罪悪感から受け取らない??
ぜんっぜんわからんのです


633 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 19:59:23 ID:RPnMMGvg0

>>604
難しく考えないないw

ネコを飼うとき、あなたはそれに抵抗しましたか?
ネコは飼えないだろう、ミリだ、なんて考えましたか?
ネコを飼いたいな。飼いたい飼いたい。
それだけだったでしょ。
それがネコを飼うことを許したんです。

今のどが渇いたから水でも飲もう、と台所に行くとき、あなたは水を飲むことを許しています。
このスレを見ているあなたはこのスレを見ることを許しています。
そんな簡単な話です。

何故こんな簡単な話をするのか、
それは普段無意識に許しているのに、いざ自分が重きを置いている願いにはそれが出来ないからです。
~じゃないとだめだ、~程度だろう、みたいな条件をつけてしまう。

罪悪感も同じです。
私は~だからこれを手に出来ない。となる。
許しとは条件付けじゃなく、条件付けの解除です。

もっと言いましょう。
願いは既に叶っている。
あとはそれを受け入れるだけです。
ですから躍起になってそれを招来させる必要は無い。
寧ろそれを受け入れようとするときに現実が展開する。
エイブラハムの言うArt of Allowing「許容し可能にする術」です。

638 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/29(月) 20:31:21 iecWgKv.0

>>633
画家さんありがとう
猫は飼いたいとか思う前にこっちにやってきたんだ
だから意図したとかそういう感覚がまったくないからなんでかなーと思って

受け入れるだけってのがまたわけわかんなくなってきたw
自分は今受け入れているつもりなんだが、叶ってないところから
すると受け入れてないのかなぁ
しんどい


649 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 21:08:39 ID:RPnMMGvg0

>>638
ちょっと何か降りてきたので書いてみるね。

受け入れる、を含めて様々な疑問があるでしょ。
私はそれを誰かに聞く。
そうかと思ってそれを採用する。
また疑問が生まれる。
誰かに聞く。
それを採用する。

ここでこんな発想が生まれる。

-何故疑問が発生するのか-

疑問には必ず答えがある。
実はね、おかしなことを言うようだけど、答えを知っているから疑問が生まれるんだよ。

答えの無いところからその答えを導く疑問は生まれないんだ。

「知ろうとするな、知っていると知れ」

ここでもこの言葉が使える。

その疑問を自分に問いかけてごらん。
すると答えを外に求めようとする歪みが終わる。
あなたの内面はその答えを知ってるよ。
今解らないのなら今知る必要は無い。
そのくらい気を楽にして聞いてみる。

「受け入れるって何だろう?」
「受け入れるって何?」

リラックスして自分の内なる存在に聞いてみる。

実はね、私はこんな風にして答えを導いているんだよ。
内なる存在にリクエストしてみてごらん。

コツだけ書いておこう。
くつろいで問いかけてみる。
その疑問があなたの内面にいる存在と結びつく。
そのとき、あなたは既に知っている状態になる。

ああ、こんなことなのね、と合点が行く。
いい機会だからやってみよう。

655 名前: 投稿日: 2010/03/29(月) 21:18:32 aNulRY7M0

>>649画家さん
良いことを聞きました゚.+:。(・ω・)b゚.+:。グッ
やるお!!


659 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 21:26:08 ID:RPnMMGvg0

>>655
あとね、こんなステキなことも書いちゃおうw

内なる存在との結びつき
(これは心地よさ、マインドの軽さ、前向きな明るさから生まれる、というかそれが流れである)を意図して、
コンプリートされている(つまりあなたの望む姿が完成している、しかも発展しつつある)内なる存在として
存在してみる。

つまり完全なあなたとして存在してみるんだ。
その状態になろう、とするのではなく、なる、のです。


するとどうなるか。
あなたはその状態で電車に乗る、人に会う、仕事をする。
社内の人はあなたの存在にくつろぐ。
会う人はあなたに無根拠な賞賛を注ぐ。
何故か仕事が捗る。それも勝手に、だ。

665 名前: 投稿日: 2010/03/29(月) 21:45:15 aNulRY7M0

>>659画家さん
・・・・なろうとしてたw
昔バシャールを読んでたときに・・・「なりきれ」って言うから頑張ったおorz
頑張った分不快感。・゚・(*ノД`*)・゚・。
「なる」って快の延長で自然にある感じのような・・・
今は感覚的に微妙なんだけどそんなような感じがしているw

無根拠な賞賛っていいですな.。゜+.(´▽`)。+.゜+・゜
しかし・・・問いかけようと思ったことを画家さんが答えちゃったお!!( ??ω??)
まさか画家さん=内なる存在(。=`ω´=)ンー?


678 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 22:33:35 ID:RPnMMGvg0

>>665
>頑張った分不快感。・゚・(*ノД`*)・゚・。

正解!それだ☆

バシャールのこの言葉、覚えてます?
「それは決して決して決して決して(バシャール、通訳をがん見w)」
「自然な自分になることは決して難しいことではありません」

「みなさんの人生が苦痛や疲れによって満たされているとき、
本来の自分以外になろうとしているときに起こります」

「全ての苦痛は本来の自分に抵抗するときにやってきます」

「Mentalpain(意識的な痛み)・・Spiritualpain(精神性の痛み)・・
Emotionalpain(感情的な痛み)・・Physicalpain(肉体的な痛み)・・・・ALLpain(笑)
全ての痛みはそこから来ます」

この自然な自分とはエイブラハムの言う「内なる存在」とリンクします。

647 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/29(月) 21:02:17 V89IBHq.O

画家さん、教えてください。
もう何年も毎月カツカツの生活で疲れてきました。
そして来月から職場が遠くなり、交通費も出ないためちょっとビビってるんです。
やはり、こんな時も無防備がいいのでしょうか?
宜しくお願いします。


651 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 21:12:33 ID:RPnMMGvg0

>>647
ビビってるのならビビった状況を生みます。
そのビビったマインドと無防備が葛藤を生むでしょう。

あなたの状況を鑑みると無防備より思考の転換をした方がよさそうです。
「経済的に安心できたらいいな」この望みから明るい気分を導き出す。
暫くの間、不安になったら「恐れ」を「望み」に転換してください。


658 名前: 647 投稿日: 2010/03/29(月) 21:26:02 V89IBHq.O

>>651 画家さん
レスありがとうございます。
1ヶ月の交通費を見て、こんなに~!となってました。
早速やってみます。


662 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 21:27:46 ID:RPnMMGvg0

>>658
「どんなことであれ、あなたがビビっているその予測は真実ではない」
「何故ならそれは不快であるからだ」

これをストンと腑に落としてください。

人生楽しくなるぜ♪

577 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/03/29(月) 07:38:33 ljjf5PjM0

画家さんいつも温かいレス、本当にためになります。

今ちょっと心がざわざわする事が起きてて、
頭でナビは分かっていても、うまく適用が出来なくて困ってます。
もしよければ、助言頂けないでしょうか。

自分の行動の結果、本当に自分の撒いた種のせいですが、
「お説教」のような物を受ける事になってしまいました。

簡単に言えば、悪戯をしたから叱られる・成績が悪くて叱られる・
今後の身の置き方について注意を受ける、そういう程度の事なんですが、
私自身、かなり真面目に生きてきたつもりなので、そういう事で今まで
自分を指導する人間から受けた経験がほとんどなく、「お説教」をされるという事自体が
とんでもなく不名誉で恐ろしい物だという認識があり、今、心底震えあがっています。

とてもとても、怖くて不愉快な気分で一杯です。
たった15分という短い時間のお説教なのですが、一体どんな風に私は自分の事を責められるのだろう、
怒られるのだろう、どう言い訳すればいいだろう、今回は失敗だったが次挽回すればいいね、というような
軽い話ならいいな…というようにどんどん思いつめて、お説教の場面でいかに自分が不愉快にならないで済むか、
不名誉な敗北感を味合わないで済むか、そればっかり考えてシミュレートし続けています。

この場合、どうしたらいいんでしょう…
自分で感情を冷静に見つめ、画家さんのレスに当てはめる事も
出来ないくらい混乱して焦って不安で一杯になってしまいました…。
こんなに取り乱したのは本当に久しぶりかもしれません。
どうかアドバイスお願いします。


631 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 19:49:13 ID:RPnMMGvg0

>>577
よくわかります。
言い訳の必要は一切ありません。
言い訳をするとそのお説教が真実味を帯びてきます。
~だから私はお説教をされたのだ、という位相に落ち込みます。

わかります?
そのお説教とあなたの内なる存在の認識とは全く違うからです。
しかしあなたはそのお説教を真に受けた。
つまりお説教されたことによって惹起された思考がそのうちなる存在の見解とマッチしないのです。
ですからあなたは不快感を「これは当然の懲罰だ」と思う必要は無いのです。

そのお説教を通してひとつのブロックを崩しちゃいましょう。
そのお説教を真に受けた、と言うことはそれに反応する観念があなたにあったのかもしれません。
それを炙り出しちゃいましょう。

「この不快感はなんだろう」

と問いかけてみてください。

「この不快感は一体なんだろう」

思考を交えずにこう問いかけてみます。
この問いかけ自体があなたの本来のあり方(1)を立ち上げます。
(1)が立ち上がると気分が楽になります。

691 名前: 577 投稿日: 2010/03/29(月) 23:05:59 om8NQi4.0

>>631
画家さん、ありがとう。
正確に状況を言うと、まだお説教自体は受けていないのです。
「○○日の△△時からお説教の面談あるので来なさい」という告知を受けただけ…。

でも私はその告知とお説教を受ける事がとんでもなく不名誉で恥ずかしい事だと思っているから、
どうやって自分の名誉を挽回しようか、どうやって今回の失敗を言い訳して、少しでも名誉が
傷つく言葉を投げかけられるのを軽減しようか、そればっかり考えてしまっています。

前スレの最後にある、画家さんのレス

「一切の不都合は起こらない」

ものすごく心に響いて、安堵で一杯になりました。

色々経験してきた不都合。
それを通して見えたのは、よくも悪くも私自身の理想像が崇高過ぎるということです。

だから理想とかけ離れた自分が、こちらの世界で展開されたら
もうパニックになって、頭真っ白で何も考えられなくなりました。理想と違う、
こうありたい・こうあるべきである自分じゃない自分が、結局大嫌いなんです。

常に成績優秀である・友達に囲まれ、素敵な恋人もいる・裕福である…
そういう「こうありたい理想の私]」が強迫観念のように迫ってくる。
理想通りに自分を生かせることが出来たらどれほどいいのでしょう…。

不快感の原因の一つは、理想の私・ありたい私・あるべき私の姿と
異なる現象がこの世界でなされている、と私が認識しているからだと思います。


695 名前: 画家 ◆utHkaCg902 投稿日: 2010/03/29(月) 23:27:32 ID:RPnMMGvg0

>>691
私が数日前にふと書こうとしたことがありました。
いまあなたはそのきっかけをくださいました。
こんなことが多く起こるのです。

理想と現実のギャップ。
よく聞くことです。

概ねそのギャップからくる苦痛に対し、こんなアドバイスがなされます。
理想は悪くは無い、しかし現実をしっかり見よう。
戦わなきゃ、現実と(ドラえもんのAA略)

これについていまのあなたはどう思われるか、興味があります。

理想と現実のギャップ。
そこから我々は現実に重きを置き、理想を捨て去ろうとしてきた。
理想?んなもん所詮理想だよ。
大事なのは現実に即応した生き方だ。

数日前、このパラダイムとエイブラハムの内なる存在がリンクしたのでした。
ああ、なるほど。

理想と現実のギャップ。
理想でない現実に対し、理想に近づけよう、と果て無き戦いを挑んだ勇者がいた。
泥沼の戦いであった。

しかしどうしてもわが理想とこの現実は一致しなかった。何故か。

「現実を変えようとしてきたからだ」

あなたの理想像とは内なる存在のことです。

>私自身の理想像が崇高過ぎる

それでいいのです。
いや、それは当然なのです。

その崇高さと現実が食い違ったとき、
その現実から来る思考がその崇高さと食い違ったとき、
あなたは不快になるのです。

つまり、あなたの考えとその崇高さが乖離するのです。

乖離したとき、あなたは「自分の考えが乖離したのだ」とは考えない。
あくまでこれを齎したある特定の人物、特定の事象をその対象とする。

そうじゃないんです。
乖離したのはあなたの考え、なのですよ。
それらを「真に受けた」ことが内なる崇高さと乖離させたのです。

あなたの内なる存在はその乖離した考えに承服しません。

何故ならその存在はあなた自身を「崇高な存在」と見ているからです。
内なる存在とこの物理レベルにいるあなたとは「分離していなかったのです」。
それがその錯覚としての不快感を生み出している。
不快感そのものが「非分離」の証左です。

このことを理解しない思考は外部に対し解決の道を模索する。
私の崇高さを攻撃する<対象者>に何かしようとする。
攻撃したり、防御したり、いろいろする。
それが所謂エゴの正体です。

つまりエゴとはあなたの崇高さを守ろうとして勘違いした運動そのものだったんです。
その勘違いした運動はますますあなたの崇高さを否定するような現象を導く。
あなたが自分の崇高さを攻撃する何者かが居る、と判断した瞬間にそれが導き出され、
あなたの崇高さを攻撃するのです。

さて、ここまで書けば明晰なあなたならもうお解かりのはずです。
あなたの崇高さを攻撃する存在などどこにもいないことを。
ただ勘違いした思考がその攻撃の可能性という誤った幻想を作り出していたに過ぎない、
ということを。

上海雑伎団スレ【第十七幕】
 
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[2017/03/09 09:49] | Category * 画家式

 

 
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